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「神戸」という地名の由来について

神戸が「こうべ」と呼ばれるようになったのは、江戸時代頃からといわれています。その頃、神戸(かんべ)郷の地域は上部(こうべ)村と呼ばれ、後に神戸(こうべ)村になり、町から区、そして市になりました。歴史をさかのぼってみると、神戸が「神の戸」と表されるようになったのは、生田神社の神戸(かんべ)に由来しているとされています。神戸(かんべ)というのは、古代から神社には封戸(ふこ)と呼ばれる神の戸なるものがあり、生田神社には四十四戸の封戸が与えられていました。この封戸とは、税を納めて神社を支える民家のことをいいます。

時代の移り変わりで見ると、現在の神戸の地は、古代は神戸(かんべ)、平安時代は神戸(かんべ)郷と呼ばれています。室町時代には、太平記によると福住庄(村)紺部(こんべ、こうべ)村と表されています。江戸初期に上部(こうべ)村と呼ばれるようになったのは、正保(1644年)の絵図に上部(こうべ)村と表され、花熊落城記(1732年)には上部村(神戸村)という表記からそのいわれが伺われます。

江戸末期には神戸(こうべ)村が定着し、明治元年に神戸(こうべ)町が誕生します。この時、神戸町の人口は6千人、兵庫町では2万人にのぼりました。明治4年には神戸町と兵庫町を併せ、人口は3万7千人になります。さらに明治12年には神戸町と兵庫町、さらに坂本村が合併して神戸区となり、人口は5万8千人となりました。そして明治12年に神戸市が誕生し、荒田村と葺合村を編入し、市制が施行されるようになりました。この時の人口は、13万5千人となります。

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